| ■スピルリナの歴史 一口メモ | ||
| 1492年、コロンブスの探検隊がメキシコで怪我をした時、現地の女性からもらった緑色のパンが、テスココ湖(アステカの都テノチティトランがあった所)で採ったスピルリナを使ったもので、これを食べて彼らは新大陸を発見し、無事スペインに帰還したと航海日誌の記録にあるのが、現在確認されているスピルリナの最古の記載と思われる。 | ![]() ![]() |
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| 1927年、スピルリナはドイツの藻類学者トウルピン博士により発見され、『スピルリナ』と命名された。1940年、フランスの薬物学者はアフリカのチャド湖畔を探険中、土着の女性が難産で苦しんでいる場面に遭遇した。出血多量のショックで意識を失っている。彼は薬物の専門家だが、何も適当な薬を持参していなかった為、打つ術がなかった。そこへ一人の長老が来て、1本の竹筒に詰めた緑色の粉末を産婦の鼻孔に吹き込んだ。すると産婦は直ぐに目を開き、意識もしっかりと戻った。クリスはこの奇跡に驚き、この不思議な粉末をパリ大学に送り、藻類の専門家タンジールト博士に分析検査を依頼した。後にこれがスピルリナであることを発見し、且つ特異な栄養成分を含んでいることも判明した。 この驚異的な藻の発見は2人を狂喜させる。しかし、ドイツのフランス侵攻により、二人はレジスタンスに身を投じ戦死してしまう。また全ての資料もパリ陥落により、焼失したという。 |
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| 1960年代、世界の人口は急激に膨張して、食糧、エネルギー問題は日に日に際立っている。1962年冬、この問題に悩んでいたフランス国立石油研究所のクレマン博士は家に帰ってテレビを見ていると、アフリカの風土紹介の記録映画を放送しており、長寿で知られるサハラ砂漠に住むカネム族を紹介していた。チャド湖(チャド共和国にあり、直径250〜300キロの巨大なアルカリ性の塩水湖)から深緑の藻類を採取し食べているのが、その長寿の秘密ではないか、と直感したクレマン博士は、もしこのような藻類を大量育成するならば、未来の食糧資源になるかも知れないと考えた。 翌年春、フランス国立石油研究所はクレマン博士を始めとする探険隊を組織し、アフリカのチャド湖畔に到着した。博士と助手が湖の水を飲もうとした時、突然お互い敵対する2つの部族が鉢合わせし一行の目の前で壮絶な戦いを展開した。両族は全員、堅強で肩幅は広く、普通でない勇猛さである。彼らの飲食習慣を調べると、遊牧、耕作の出来ない砂漠の中で、何千年の昔から今日まで、ただ1種の緑色の小さい餅を食べている。博士はついに酋長の信頼を獲得し、その秘密を聞き出す。それはチャド湖で繁殖している1種の深緑の藻、一族の人はこれを網で掬い上げ、干して携帯食を作って、これを食べると丈夫になる。だからたとえ連年凶作、食料欠乏等があった場合でも、地元の人は依然として元気なのだという説明だった。 クレマン博士は、この土着人の携帯食をヨーロッパに持ち帰って、本格的分析と研究を経て、そしてついに人類の理想的な食品資源スピルリナを探し当てた。5年前にテレビを見ていた時の彼女の直感が当たった。つまり将来起こる人口爆発による食糧危機を救うものとして、スピルリナに含まれる良質で吸収しやすいタンパク質他のその高い栄養価(高タンパク、高ビタミン、高ミネラル)ならびに消化性の良さに注目したクレマン博士は、これを1967年にメキシコで開かれた微生物会議で紹介した。フランス政府はスピルリナ研究を"国家の重点研究プロジェクト"に指定した。このニュースに全世界の関心が集まり、1967年、世界最初の養殖工場がメキシコのテスココ湖畔のカラコールで建設に着手し、1973年、初めて養殖スピルリナを生産した。これがスピルリナを屋外で大規模に育成した最初の施設である。 |
![]() チャド湖でスピルリナの採集を するカネム族 ![]() フランス国立石油研究所での クレマン博士(右)と 渡邊篤・東大教授(左) |
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| 1971年7月、日本の天皇皇后両陛下がフランスのポンピドー大統領の招きで訪仏した時、大統領はフランスの国立石油研究所を案内した。ここはフランス最大のスピルリナ研究基地で、優秀な科学者達を集めてスピルリナの研究開発を行い、また近隣諸国の多くの研究所と合同研究を行っている所である。その時フランスはスピルリナの蛋白質を分析し、その含有量が60%〜70%に達することを解明し、またスピルリナの8種類のアミノ酸の含有比率が国連の食糧農業機関(FAO)の定めた最も優れた蛋白質のアミノ酸の構成比率に適合している事を発見していた。ポンピドー大統領は陛下にある秘密を漏らした。それは世界的にも有名なフランスの高級化粧品にもスピルリナが使われているという企業秘密だった。実は大統領は陛下にフランス訪問を勧める手紙の中でも、フランスのスピルリナに対する認識を強調している。曰く、"スピルリナは人類の未来にわたり、最も優秀な食糧資源"であると。 | ![]() ![]() |
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| 陛下は帰国後、首相にこの研究の重要性を推薦して、日本の研究機構にスピルリナの研究と開発利用に従事するように促したという。日本自然医学学会会長の森下敬一は、その命を受けスピルリナを研究している時、ある種のカロテン物質を発見した。含有量はニンジンの10倍あり、この発見は森下を驚愕狂喜させた。スピルリナで冠状動脈性硬化症、心筋梗塞、肝硬変、糖尿病、喘息、慢性胃炎、肥満、不妊症と癌の患者に試験をした結果、すべてに対し著しい治療効果を得た。そこで彼は《スピルリナの驚異的な治療効果》と題する本を書いた。この本は発売するとすぐに売切れ、彼の診療所(お茶の水クリニック)には患者が殺到したという。 | ||
| 1975年秋、アメリカの生化学者フィリップ・クストー教授がオーストラリアで35億年以上前と思われる化石の中からスピルリナを発見し、生命の起源の発見として、世界に衝撃を与えた。 | ![]() ![]() ガス閉鎖系 生命維持システム |
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| 1986年4月26日にロシアのチェルノブイリで起きた放射能事故では31人死亡、13万人が核に汚染されるという空前の惨事となった。この時に日本の救援隊が持参した救援物資の中にスピルリナが入っていた。日本は広島、長崎の経験から、核汚染に対する最先端のノウハウを踏まえ、被爆に有効な物資としてスピルリナを持参した。これを人々は我先にと求めた為、突然品薄になり、ヘロインよりも高価で闇取引までされたという。 | ||
| 航空宇宙技術研究所では宇宙ステーションや月面・火星基地等の微小重力宇宙環境での人間の生活に不可欠な食料・酸素を生産するために、長期間、連続的に藻類の培養を可能とする「ガス閉鎖系生命維持システム」の研究が進められています。 また人類が宇宙に行く時代になり、大量に体力を使う宇宙飛行士が何を食べるか、という新しい問題が出ています。その条件は、宇宙船や宇宙ステーションという限られたスペースに積載できるコンパクトさ、且つ排泄量が少なく、栄養バランスが優れている事、消化吸収率が高く、副作用がなく、加えて人間が出す二酸化炭素を吸収し、生命維持に不可欠な酸素に再生する力も有するスピルリナはNASAなど航空専門家の間で、この全ての条件を満たす宇宙・未来食糧として最有力とされ、研究と開発が進められています。 |
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| 変った用途では、スピルリナは錦鯉や熱帯魚を綺麗に健康的に大きく育てる為の飼料としても、また身近な例ではアイスクリームやガム、高級化粧品にも使われています。 | ||